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    それは盛子だつた。きりつとした割烹着の姿は彼女の伸びやかな身体の特長をよく現はしていた。

    「や、さあお上り下さい。さあ――」

    「ねえ。――はやく。――患者ですわ」

    小谷は不安げに呟いた。

    「あゝ、お医者?」

    あのぴかぴか鋭い光を放つメスを危険もなく取扱ひ、聴診器をあてがひ、胸だの腹だのを指でたゝき、雲をつかむやうな厄介な重苦しい病気といふものを探りあて、ピンセットでつまみ出し、ふしぎな光沢のある粉末を与へ、すると激しい痛苦がたちまち遠のき、一日か二日でぴんぴんしてしまふ、その玄妙と神秘にみちた医者といふものの働き、――徳次はかつてそんなことを考へたことはなかつた。今までの彼にとつては、医者は呼べば来てくれる者、病気を癒してくれる者、単にそれだけだつた。それ以上のことが何で必要があつたらう。ところが今や、その縁のない漠然としていた「お医者」が突然彼の身近かに姿を現したのだ。それは何となく不思議なことだつた。同時に親しいものだつた。これまで彼が立入ることもできないと思つていたもの、理解しがたいものとしていた物が、今目の前に手で触ることもでき、その縁に手をかけて中をのぞいてみることもできさうだつた。この身びいきからして突然ひき起された克明な興味を以て、彼は房一を、その中に在る医者といふものを熱心に眺めた。

    「入りましたよ。それがねえ、穴の中は苔が生えたやうな、水たまりもあつてね、やつとこさ奥まで行つてみたんだが、まはりの土はぼろぼろ落ちるし、何のことはない洞穴でさあね、――それでも連中はあつちこつち突ついてみてたがね、含有量はまあもつと試掘してみなけりや判らんさうですよ」

    恐らく、房一も他の場合にはこれと似たりよつたりの動作をやるにちがひない、たゞ道平に向ふとこんなに易々とできないのだ。

    富田は庄谷の方に向きなほつた。

    「いや、挨拶まはりですよ。どうぞよろしく」

    「まあ、のみなさい」

    「どうだ。起きられるか」

    宿の浴衣ゆかたを着たままで行く人もあるが、行儀の好い人は衣服をあらためて行く。単に言葉の挨拶ばかりでなく、なにかの土産みやげを持参するのもある。前にもいう通り、滞在期間が長いから、大抵の客は甘納豆とか金米糖とかいうたぐいの干菓子をたずさえて来るので、それを半紙に乗せて盆の上に置き、御退屈でございましょうからといって、土産のしるしに差出すのである。

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